2007年05月10日

ネコ道士



今まで出会った人の中で、物事の見方について特にすごいなぁと思う人物が3人いる。



一人目はTOMO。

彼は物事を見る視点がとても広い。

知識の幅や人脈が広く、その眼では、人が1を知る物事からもっと多くの事を見て感じているように思う。





二人目は具志堅。

この人の視点はとても鋭く、物事のとても深いまで見ているよう。

話をしていると、なんでこんなこと言えるのか、とよく思う。

その視点の鋭さや本質を見る眼はただただ驚嘆するしかない。





そしてもう一人がネコ道士。

彼の視点は、多くの人が見ている場所とはとても違う場所からのものである。

そのため、たとえ同じ事を見たとしても、他人とは物事の捉え方が根本的に違うのようだ。



というのも、ネコ道士は現代社会において多くの人が多用している論理などをつかさどる左脳ではなく、

もっとイメージや感覚などを捉えることに優れている右脳を中心的に使うからだという。

そういったわけで、彼は左脳を中心的に使う現代の人々とは、根本的に違う考え方、視点を持っている(あるいは、持ってしまった)。



幸運にも、僕はネコ道士と知り合い、彼の考えに触れる機会を多く持つようになった。

そうするうちに、彼の意見にとても興味を持ったのだ。

何が正しいだとか、どちらに賛成だとかということではなく、現在多数派とされている見方とはまったく違う考えを聞くことがとても面白くなったのである。

そしてそれに伴い、イメージや感覚を中心として使って生きるとこういうふうに物を考えて生活するのかというネコ道士の

生き方にも興味がわいた。

また、彼の考えに触れていくにつれて、右脳―左脳といった今までほとんど意識してこなかったことにまで関心がいくようになってきた。





人間において、左脳と右脳のどちらを中心として使うかということはどうやらとても大きな違いを見出すものらしい。



左脳は主に論理や文字などの情報の処理をつかさどると考えられている。

現代の日本の社会は左脳社会といっても間違ってはいないと思う。

論理によって自分の考えをまとめ、また他の人に物事を伝えるための共通の橋渡しにしている。

(いや、社会、つまり人間が集団で生きるためにはコミュニケーションを必要とし、

そのための共通言語として論理が必要になってくる以上、社会というものはすべて左脳的であるともいえるのかもしれない。それは、人間がドウブツの世界から一線を画す存在になるための重要な一歩になっているのだろう。)

学校では、いかに提示されたものを効率よく覚えるかということに重点を置き、

もののやり方を提供し、その提供された方法の中で(のみ)、どれだけ効率よく正確で早い処理ができるかということを競っている。

道士はそんな中で、とても苦労したという。



たぶんアインシュタインの有名な話がここに当てはまると思う。

アインシュタインは数学の時間に、途中の式をすっとばして答えを出してしまった。

その答えは合っているのだが、途中の式が無い分、その答えに正当性はない。

たとえ答えが合っていたとしても、他に示せる「途中の式」が無ければ、他の人とその答えの正当性を共有することが出来ない。

そしてそれが出来ない限り、その答えは現代社会においてはセイカイではない。(かなり上の研究機関ともなれば別なのかもしれないけど)





それに対して、右脳は主にイメージや感覚をつかさどる。

彼に聞いてみると、彼は物事を映像として捉えるのだという。

そのため、文字で表されている情報の処理にはとても時間がかかるらしいが、

一度映像として捉えると、その映像を頭の中でいくらでも動かしてみることが出来るらしい。



例えば、今目の前で腕を上げたとする。

多くの人はそのことについて、目の前の人が腕を上げたという文字情報としてとらえる。

ただ、彼はその動きを映像としてとらえる。

そしてその得た映像を頭の中で何度もシュミレーションすることが可能だという。

それ以上に、その映像を速さを変えてみたり、巻き戻したりという処理もできるという。

まさに、ビデオカメラ的に世界を捉えているようだ。







そんなネコ道士と話をしていくなかで、その対話を代筆してみないかという話が持ち上がった。



彼の話は時々突拍子がない。

しかも、すぐには理解しにくいようなことも話としてでてくる。

それでも、彼の話はおもしろく、また他ではまったくといっていいほど聞く事ができない話である。

(それもそのはず多くの人の視点と彼の視点はとっても違うのだ。)

人間の幅を広げるには、他人の視点を自分の中に持ってくることは有効だと思う。

その他の意見について賛成反対ということはどちらにしても。

その点からも、僕は彼の話した内容を少しずつでもまとめていくことにした。

住んでいる場所がとても離れているため、なかなか頻繁にというふうにはいかないけれど、少しずつ。


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posted by OJ at 14:56| Comment(0) | TrackBack(0) | ネコ道士との対話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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