2006年09月27日

続ける

なんかいろいろやっていると、
やっぱり途中でやめようかと思うこともあるんよ。

やっていること自体が楽しいときは全く問題はないのだけれど、
やはり全てが常に望んだようにはいかないわけで。


でも、そんな中でもう少し頑張ってみる。
そうしたら、なんか、その先の結果というより、
その頑張って続けてみるということが
いつのまにか自分の目標になっていって。

今まで何かを得るために頑張ってきたはずが、
その結果というよりただ続けてみるということが、
自分の中で大切になってくる。


今まで、頑張った賞品というか、新しいことをしたことに対して、
成功すれば自分に何かプラスされるのを望んできたみたいなものだ。

例えば、クイズ大会で頑張って優勝すれば賞金をもらえるみたいな感じ。

ただ、そこで「頑張る、挑戦する」ということに目標が移ってしまうと、
その先の賞品がどうとかというより、もう自分との勝負になっていて、
「勝てればいいなぁ」から「負けられない」みたいになってくるわけよ。

また例えるなら、「敵の領地に戦いに行って、勝てればその領地を得られる」から
「敵が自分の所に来て、負ければ自分の領地が取られる」みたいな。


結局よく分からなくなるんよね。
頑張り続けた先に何がまっているかとか。
でも、それでも続ける。
それもまたいいんちゃうかなぁ。
posted by OJ at 08:22| Comment(2) | TrackBack(0) | 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
なんかわかる気がする。

目の前のものを必死においかけていると、ふと気付くことがある。

自分はどうして必死になってるんだろうって。

また、うまくいかないときや、納得いかないときに、あーまじめんどくせーぇ!なんて思ってその日は投げ出したりする。

でも、気付くとまた始めてる。気を取り直して、やろうって気になってる。不思議なものだ。

きっと努力した先に望んでいたものに、続ければ続けるほど、手が届くような気がするから、また続けようって思うんだろうな。俺の場合。

今まで、やってこれたんだからこれからもやれる。どんなに辛いことあっても、乗り越えていけるだろって。

なんか持久走みたいだな。あの電柱まで、走ろう、そしたら歩こう。んで、そこまで行ったら、もう一個先までって、終いには意地で最後まで走らないと気がすまなくなる。

走り続けることが自分の自信になって帰ってくるんだろうなぁ。

何かなにを言っているのか自分でもわかんないや。
Posted by ティール at 2006年09月27日 16:57
なんかわかる気がする。

目の前のものを必死においかけていると、ふと気付くことがある。

自分はどうして必死になってるんだろうって。

また、うまくいかないときや、納得いかないときに、あーまじめんどくせーぇ!なんて思ってその日は投げ出したりする。

でも、気付くとまた始めてる。気を取り直して、やろうって気になってる。不思議なものだ。

きっと努力した先に望んでいたものに、続ければ続けるほど、手が届くような気がするから、また続けようって思うんだろうな。俺の場合。

今まで、やってこれたんだからこれからもやれる。どんなに辛いことあっても、乗り越えていけるだろって。

なんか持久走みたいだな。あの電柱まで、走ろう、そしたら歩こう。んで、そこまで行ったら、もう一個先までって、終いには意地で最後まで走らないと気がすまなくなる。

走り続けることが自分の自信になってかえってくるんだろうなぁ。

なにを言っているのか自分でもわかんなくなってしまった。
Posted by ティール at 2006年09月27日 16:59
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/24496041

この記事へのトラックバック
最近のトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。