2009年07月26日

昨日、電話で話をしたある友人へ向けて

昨日、久しぶりに話をした友人がいた。
この文章は、その友人にむけて。

ブログを書き始めて、もう4年ほどになる。
とても飽きっぽい自分が、なぜこれほどブログを続けてこれたかというと、それはまずブログのなかで、自分が考えたことを伝えてこれたからということ。そして、そのブログを見続けてくれる人がいるということ。

今まで、自分の好きなように書いてきた。そして最近では、ニーチェ思想と現代社会について書くことが多くなった。自分が説明する事はあまりうまくない。議論の飛躍には気をつけつつも、論理だった説明が足りないまま、変わった事を主張している事も多々あるのかもしれない。

自分にしか書けないようなことを書こうと勤めている。そのため自分の文章は、多くの人にとって、受け入れ難いものがすくなからずあるから。読んでいて、心地良いものではない思想もあるだろう。
時には、不安になる。いったい読者がどう感じているのだろうか。あまりにもとっぴょうしがないために愛想をつかすのではないか。そんな事を考える時がある。


話を少し変える。

昨日久しぶりにある友人と話をした。
その時に、自分が書いているブログの話になった。そこで言われたのは、彼女は自分のブログを読むと、ものを考えさせられるので面白いということだった。彼女との話のなかで特に嬉しかったのは、ブログの中で紹介したニーチェの思想に興味を持ち、ついにはニーチェの本を買ったと聞いたこと。しかし、多くの哲学書がそうであるように、難解な言葉が並んでいるため、分からない事もあるそうだ。そこで、その解釈も含めて自分のブログを楽しみに読んでくれているとのこと。そのことを聞けて、嬉しかったし、また続けようという気になる。




彼女の話を少ししたいと思う。

出会ったのは5年前。
住んでいる場所が離れているので、5年という歳月の割には、直接会って話をした回数は少ない。
けれど、彼女とはこれからも長く友人でいたいと思う。
自分が、ある人と長く付き合っていきたいと思うのは、その人から学ぶべきところが多いと思うからだ。自分が持っていなくて、彼女がもっているもの、それは言うならば「強さ」だった。
もちろん何かに落ち込むことはあるだろう。それでも、彼女はそれに打ち勝つような芯の強さをもっている、自分は見ている。本当の意味で、彼女は強い。

今、彼女はすこしつらい状況に置かれているのかもしれない。
でも、彼女なら、きっと乗り越えていくだろう。まあそれでも一抹の助けにでもなればということで、彼女に向けて、ある文章を引用することにする。

出典はドイツの児童作家ミヒャエル・エンデの『モモ』。
背景としては、はじめ主人公モモとその友達はゆったりとした時間を幸せに暮らしていた。しかしある時、時間泥棒である灰色の男達が現れ、彼らはモモの友達時間を奪うことでその人たちを不幸にしてしまう。最後に残されたモモ。灰色の男達はモモを捕らえようとし、モモは必死に彼らから逃げていた。しかし、

「モモは逃げる気がなくなりました。いままで逃げまわったのは、じぶんの身の安全をはかってのことです。ずっと彼女は自分のことばかりを考え、じぶんのよるべないさびしさや、じぶんの不安のことだけで頭をいっぱいにしてきたのです!ところがほんとうにきけんにさらされているのは、友だちのほうではありませんか。あの人たちを助けることのできる人間がいるとすれば、それはモモをおいてほかにはないのです。友だちを自由の身にしれくれるよう灰色の男たちを説きふせられる見込みがほんのすこしでもあるなら、すくなくともやってみるだけはやらなければなりません。」 (294)


今は、彼女はきついかもしれない。しかし、それを乗り越えるのだろうと信じている。頑張れ。






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posted by OJ at 17:26| Comment(0) | TrackBack(0) | Letter | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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